こんにちは!秋富です。
このブログでは、農業を主なテーマにした小説やエッセイ等を紹介していきたいと思います。
今回は、垣谷美雨さんの『農ガール、農ライフ』という小説を紹介します。
あらすじや感想、そしてこの作品をおすすめしたい人について書いていきます。
あらすじ
水沢久美子は三十二歳の派遣社員。
ある日突然、派遣切りに遭い、さらに同棲していた恋人から別れ話を切り出される。
仕事、恋人、住む家まで失った久美子は、たまたま見たドキュメンタリー番組で農業に興味を持つ。
「自分は誰にも必要とされていない。だったら、せめて国から必要とされる人間になろう」
一念発起した久美子は農業大学校に入学。
無事に卒業し、いよいよ農業を始めるという期待と不安を抱いて、市主催の就農相談会に出席する久美子。しかし、そこで厳しい現実を突きつけられることになる。
次々と起こる問題や、新しく始まる人間関係。
久美子は理想の「農ライフ」を実現することはできるのか?
感想
農業の問題などがリアルに描かれている
垣谷美雨さんの作品を読むのはこれが初めてなのですが、農業が抱える課題や就農する時に障壁になることなどが、かなりリアルに描かれていると感じました。
例えば、農地取得の問題。
農業大学校を卒業した後に出席した就農説明会で、担当者から、
「独身女性に田畑を貸してくれる農家はたぶんない」
「農業をやりたいなら農家に嫁にいくのが一番」
と言われてしまいます。
行政は当てにならないと、大学校時代の研修先農家に頼みに行きますが、研修の時とは打って変わって、冷たい態度であしらわれる始末。
諦めない久美子は、近所の耕作放棄地を調べて持ち主に直談判までします。しかし、ようやく貸してもらえた農地は、全く農業には適さないものでした。
このように、農地を手に入れるまで苦労するシーンが描かれています。
農地取得の問題は、実際によく聞く話です。
農家側の意見(知らない人に土地は貸したくない等)も理解できますし、難しい問題だと思います。
就農したい人がいても農地の取得がなかなかうまくいかず、様々な自治体に問い合わせて、行政の支援が手厚いところを選ぶ場合もあるようです。
北海道東部にある白糠町(しらぬかちょう)に移住し、新規就農をした人の記事を読むと、農地取得の大変さの一端が分かります。
また、有機農業が地域から歓迎されていない話も出てきました。
就農説明会で、担当者が「有機農業のような趣味の農業をしたい人は要らない」とはっきり言って周囲をざわつかせます。
有機農業を目指していた久美子は「なぜ有機農業を趣味として捉えているのか」と質問しますが、それに対する担当者の回答がなかなかひどい。
「有機農業というのはさ、社会運動として始まったんだ。ろくに栽培技術も持っていないくせに、頭でっかちの人間が環境やら安全性がどうだこうだってわかったような顔で得意げに議論するわけだよ。困ったもんだよ。挙句の果てに、身体に良ければ利益は関係ないみたいな夢のうな話をする。そんな人間は要らないんだよ」
『農ガール、農ライフ』P86~87
さすがに有機農業への認識が古すぎる気もしますが、似たような考えを持つ人は少なくないのではないでしょうか。
私も、新規就農の方が、技術がまだ身についていない最初のうちから有機農業を始め、採算が取れなくなって離農する、という話を聞いたことがあります。
他にも、なかなか売り物になる野菜が作れないこと、作れても売り先が見つからないこと、住む家や結婚の問題など、農業や移住に関する課題がたくさん出てきます。
多少の誇張はあるかもしれませんが、リアリティを感じられて面白かったです。
真面目で堅実なタイプの主人公
様々な障害に対して、主人公の久美子は堅実にコツコツと向きあっていきます。
まず、いろんなことをノートに記録している描写が多い。
農業大学校の授業だけでなく、独立して農業を始めた後も、農作業の予定や先輩農家の富士江からのアドバイスや気付きなどを逐一ノートにメモしています。
また、体力をつけるための筋トレをしたり、販売するためにホームページを独学で立ち上げたりと、試行錯誤しながら目の前の課題に根気強く対処しています。
すごい才能の持ち主で、やることなすこと全てうまくいく主人公でないからこそ、彼女の努力が報われ行く様子は読んでいて心地よいです。
他にも、自分のことを冷静に内省している場面が多いのが印象的でした。
久美子は理不尽に派遣切りにあったり、恋人から一方的に別れを切り出されたり、農業を始めてからも年齢や性別の面で様々な困難にあいます。
最初こそ、自分以外の他人(会社や恋人、国や地域社会)を悪者にして、不平不満を持ちますが、その一方で、自分も悪かったところがあったのではないか、相手にも事情があったのではないかと自分を振り返っていきます。
特に、長年同棲していた恋人の修が別の彼女を作り、彼の家から出ていく時のやり取りに、久美子の性格が顕著に出ていると思います。
舞衣という若い恋人ができた修から横柄な態度で接され、久美子はつい怒りをぶつけてしまいます。すると、我に返った修は、以前久美子にプロポーズをあっさり断られたことにずっと傷ついていた、と自分の気持ちを打ち明けます。
つまり、舞衣から告白されるまでは、ずっと傷が癒えずに自信を喪失した状態だったということなのか。それなのに、自分は修の気持ちを思いやることさえなかった。
「修……ごめん」
それを言うだけで精いっぱいだった。
逃げるように外へ出て、バタンと大きな音を響かせてドアを閉めた。
エレベーターに向かって外廊下を駆け出していた。
私はひどい人間だ。思いやりのかけらもない。
修、本当にごめん。
『農ガール、農ライフ』P.51~52
このように自分を省みられる性格なので、他者からの指摘に反発しながらも、受け入れるべきところは受け入れる柔軟さがあります。
その柔軟性が、物事を改善して上手くいったり、素直な態度で他人から気に入られたりと、彼女の成長や人間関係の構築につながっていきます。
本当にどこにでもいそうな女性という感じがして好感が持てます。
そういう女性が、目の前の課題に粘り強く取り組むことで次第に報われていくのが個人的には面白いと思います。
「取りあえずの正解」でいい
この作品では、農業だけでなく、登場人物の人生やキャリアについての向き合い方がよく描かれていると感じました。
主人公の久美子は、最終的には自分の野菜をネットで販売したり、都心のフランス料理店で扱ってもらえるくらいまで農業を軌道に乗せることができました。何か特別なことをしたわけではなく、その時自分がやるべきことから逃げずに一生懸命やりきった結果でした。
また、久美子が婚活パーティーで知り合った静代というバツイチ子持ちの女性は、参加していた40代の農家の男性と結婚します。
最初は男性のルックスや性格、家庭の状況(舅姑の他、認知症を患った義祖母がいる)をけなしていた静代でしたが、「娘を幸せにしてやりたい」という思いで、男性とその家族にアプローチして、結婚までこぎつけました。
結婚報告を受けた久美子が、「お嬢さんはあの家に馴染んでいるの?」と尋ねると、静代はこう答えます。
――この前、娘と一緒に夕飯を御馳走になったの。たいしたものは出なかったけど、ご飯をお代わりしてた。お腹一杯食べられるだけで、すごく幸せそうだったよ。ほんと私ったら……母親として今まで……。
鼻を啜る音が聞こえてきた。
『農ガール、農ライフ』P.232
静代にとっては、幼い娘の幸せが最優先でした。
興味深いのは、娘のために相手の男性や家族と嫌々接しているのではなく、きちんと相手の良い所を見つけて、好きになっているところです。
大切なものを守るため、自分の心を犠牲にするのではなく、良い所、好きになれるところを見つけて、折り合いをつけていく。
生きていくために必要な心の持ちようだと思います。
物語の終盤では、人生を考える上で印象的なシーンも出てきます。
自分が育てた野菜セットを、知り合いのブロガーに紹介してもらえることになり、独立して生きていくことに希望が見え始めた頃、久美子が自分自身を振り返ります。
今まで自分は、安定した会社に正社員として勤めることが「正解」の人生だと信じて疑わなかった。そんな凝り固まった価値観の中で必死にもがいてきたのだ。(略)いろんな生き方があっていい。自立する道を見つけて、なんとか食べていければ、取りあえずは「正解」なのだ。
『農ガール、農ライフ』P.245
自分がしてきた選択は、自分の人生にとって本当に正解なのか、その時は分からない。
だから妥協すべきところは妥協し、どうしても譲れない部分については忍耐強く逃げずに立ち向かう。
そうして得られた結果が完全に満足できるものではなくても、「取りあえずの正解」として折り合いをつけて前を向いていく。
先行きが不透明で、「VUCAの時代」と言われる昨今、このようなマインドセットを持つことも大事だと感じました。
こんな人におすすめ
人生に悩んだ時に読むと良いです。
特に30~40代で、自分の人生やキャリアに何かモヤモヤしたものを感じている人は、何かしらのヒントが得られると思います。
もちろん、農業に関心がある人にもおすすめです。
農業を始めるうえでの難しさや、それでも農業で生きていくことの楽しさを十分に感じられる本だと思います。
このブログでは、他にも農業に関係する小説やエッセイを紹介していく予定です。
お読みいただきありがとうございました。
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